短編小説 『プロローグ』

シンガーソングライターの美波さんをモデルにした短編小説を書きました。

文字数、約2000字。5分くらいでサクッと読めますぜ。

それではどうぞ、お楽しみください。

短編小説 『プロローグ』

オレンジ色の間接照明だけが灯る、薄暗いライブハウスの舞台袖。

私たちの登場を待ち望んでくれている観客のざわめきが、黒いカーテン越しに聞こえる。
まるで寄せては返す波のBGMのよう。徐々に重なり合っては広がっていく。

ギターのタク、ベースのカズ、そしてドラムのタカシ。

メンバーとそれぞれ顔を見合わせる。

そして呼吸を整え、お互い、力強くうなづく。

……

中学生の時、DVDで伝説のシンガーを見て、私は心打たれた。
ほとばしる汗、マイクを投げるパフォーマンス。ステージに倒れ込む姿。そして、観客達の叫び声。

音楽というのは、こんなにもすごいんだ。
こんなにも人々を熱狂させるものなんだって。

歌手になりたい!
私も歌手になれるんだろうか?

ちっぽけな私でも、人々を感動させることができるのだろうか?

窮屈に感じる、周りからの声。
少しずつ巻き込まれていく、よくわからない世の中へのいらだち。
水中で息ができないくらいに、苦しい。

当時お金のなかった私はギターを手に入れることができず、ただノートの片隅に歌詞とも呼べないようなシロモノを書いて、うっぷんを晴らしていた。

高校生になり、バイトをしてようやく中古のギターを買った。
一万円で手に入れた、ネックが反っていてボディに傷がついた相棒。
それからは、狂ったようにギターと音楽にのめりこんだ。

ネットで音声配信を始めて、私の歌を良いって言ってくれる人が少しずつ出てきて。

路上ライブもした。
風がすごく強い日で。

譜面台が倒れて、楽譜(スコア)が何度も風に飛んでいった。

かわいそうに思ってくれたのか、お客さんが譜面台をそっと持ってくれた。

「今日、マイクスタンド持ってくれた人、譜面台持っててくれた人。いつかいい思い出にさせてみせるから!『俺、マイクスタンド持ってた』『私、譜面台持ってた』って自慢させてあげるから!!」

みんなの気持ちがうれしくて、逆にそんなつよがりを言ってしまったっけ。

ただ、私の想いをいつまでも歌い続けていたかった。
私の歌に共感してくれる、そんな人と出会えるのが嬉しかった。

 

ある日、バンドメンバーとして、タク、カズ、タカシを紹介された。

私も含めてバカみたいなヤツらだけど、瞳だけはすごいキラキラしてて、それぞれに夢持ってて。

年代も同じくらいで、すぐに仲良くなった。
毎晩遅くまで練習して、楽器について、好きな音楽についてずっと語り合った。

コイツらと一緒に音楽をやっていきたい!
やっとそういうメンバーに出会えた。

小さなライブハウスで歌うことも増えた。
ネットで知ってくれたリスナーの人達も見に来てくれた。

そんな活動を続けていくうちに、いつしかメジャーデビューの話がきた。

正直、メジャーデビューなんてどうでもよかった。
でも、このメンバーで音楽をやり続けることができるなら。
メジャーの世界だって突っ走ってやる!

私たちは浮かれていた。
まだ、何にも知らないガキだった。
すぐとなりで、深い闇が口を大きく開けているのも知らずに。

ある日突然、事務所のエラい人に呼ばれた。

「今のバンドメンバーは下手クソだからやめとけ。そんなのとつるんでたらオマエの価値が下がる」

えっ……

「次のライブで、このメンバーでやるのは最後だ。もっとオマエにふさわしいアーティストを選んでやるから安心しろ」

なぜ……

この人達はやっぱりお金のことしか考えてないんだ。

私をうまく売り出して、今までにかかった費用を回収しようとしてるだけだ。

でも、メジャーデビューの話は、もはや私のチカラが及ばない所でどんどん進み始めていた。
まるで虚像、いつしか作り上げていた、いつわりの自分の姿。

私は、うなだれるしかなかった。
自分の部屋で何回も泣いた。

時代の波に流されずに、自分の音楽を貫く。
そう心に決めたはずだったのに。

私は……何も出来ていない。

 

次のライブ。インフルエンザからの病み上がりのせいもあって、私は最後まで歌えなかった。
アンコール中に過呼吸で倒れてしまった。

心のツラさが全身にまで広がって、もうちぎれそうだった。
苦しい……息ができない。

観客の悲鳴。そして、私の涙。

遠く、深く、沈んでいく意識の中で私は思った。

やっぱり、こんなの私じゃない。
私はこのメンバーと音楽をやりたいの!

私は体調が復活するとすぐに偉い人に直談判した。

「このメンバーで音楽をできないのなら、辞めます」
きっぱりと、そう宣言した。

偉い人は何やら考えているようだった。
メリットとデメリットを秤にかけていたのだろうか。
でもそんなのどうだっていい。
私は私を貫く。もう、自分は曲げないって決めたんだ。

お互いの視線が交錯した。そして。

「……ったく。甘い世界じゃねえぞ。そんなに言うんならやってみろ」

ついに、向こうが折れてくれた。

自分のやりたい事のためなら、自分の信念は曲げちゃいけないんだ。

同じように悩んでる人、迷ってる人、きっとたくさんいると思う。
でも「時代の波に飲まれても、流されちゃいけないんだ」って私が証明してみせる。

 

私の時が止まったライブから、5ヶ月後。

もう一回、同じステージ。

ファンはチャンスをくれた。

私の姿を見るため、遠方から駆けつけてくれた人もいる。
少ないおこづかいをやりくりして、ライブチケット代を出してくれた若い子もたくさんいる。

見てて、必ずみんなに、私の、私達だけしかできない、音楽を届けるから。

……

さあ、いくよ!

ライブの前に円陣を組む。メンバーの熱が、肌を通して伝わってくる。

ヤケドしそうなほど、痛いほど、まっすぐに。

お互い、チラりと目を合わせる。

その瞳には、確かな意思が感じられる。

視線が、そして心が通じ合う。

一呼吸置いて、私は、思いのたけを叫ぶ。

「さあ、私たちの物語をはじめよう!」

「私たちのプロローグは、ここからだ!!」

 

 

ーfinー

あとがき

美波さんの2018年8月18日の大阪でのライブのお話を元にしております。
偉い人、とのやりとりは完全に創作ですね。

美波さんをモデルにした小説ということでご容赦を。

美波さんの曲の歌詞も何箇所か散りばめています。

ファンならもうわかりましたよね?

実はTwitterで #美波リスナー文化祭 という企画をやっておりまして……

今ん所、投稿参加作品は2つ。(うち1つはワシが歌ったやつ)

作品が少ないのなら、自分でもっと出してしまえというスタイル。

小説、イラスト、歌音源、写真、書道、裁縫……などなど、文化祭っぽいものなら何でもok!
期限は一応11月30日まで。

よかったらどしどし応募してね。

小説の元になった美波さんのライブ記事はコチラ↓

美波 ライブレポ 大阪 2018/8/18 ETERNAL BLUE

2018.08.19

感想など、ささいなことでも結構ですので、Twitterでお待ちしております。
趣味アカ(@utano_shion)までお気軽にどうぞ!

ABOUTこの記事をかいた人

ファンタジスタ! うたの

クリエイター達を発信して、世の中をもっと元気にしたい! やりたい!と思ったことは取りあえず飛びつく関西在住の三十代男子です。 WEBで恋愛小説書いてます@小説家になろう 『歌姫と銀行員』 デジタルイラスト修行中/ツイキャス・nana/京都観光ガイド/ 本業は場末の銀行員